ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展2008 日本館プレスリリース 五十嵐太郎

 日本館のまわりに、石上純也が小さな温室群を設計する。
 1974年生まれの石上は、SANAA出身のもっとも注目される日本の若手建築家である。長さ9.5m×厚さ3mmの「テーブル」(2005)、高さ14m重さ1トンの「四角いふうせん」(2007)、星空のように305本の柱がランダムに並ぶ神奈川工科大学KAIT工房(2008)など、極端でありながら、それが当たり前のように存在する「建築」を手がけ、美術やデザイン界も驚かせてきた。彼は、SANAA的なデザインをさらに突き抜け、現代日本の建築の最前線に位置している。
 通常、建築の展覧会は実物を置くことができない。代理物としての模型、映像、ドローイングを使う。インスタレーションも既存の構築物に寄生するものだ。しかし、日本館では、緻密な構造計算によって初めて成立する、ぎりぎりの1/1の「建築」そのものによって新しい可能性を示す。これは、建築とは何か、という根本的な問いにもなるはずだ。極端な性質をもつ華奢な温室は、モノとしての存在感が薄くなることで、まわりの環境に溶け込む。構造設計は、佐藤淳が担当する。
 前回のヴェネチア・ビエンナーレでは、各国が過去の建築を振り返る傾向にあったが、こうした国際展は博物館のような場ではなく、次世代の建築を紹介するアリーナであるべきではないか。そもそも博覧会とは、エッフェル塔バルセロナ・パヴィリオンが出現したように、1851年の第1回ロンドン万博以降、新しい実験的な仮設構築物をつくり、建築の歴史を更新するチャレンジの舞台だった。
 日本館は、世紀末の雰囲気とともに、震災、少女都市、オタクなど、さまざまなかたちで建築の終わりを突きつけ、話題を集めてきた。しかし、新しい世紀を迎えたいま、日本館は改めて、建築の始まりを見せるべきではないか。最初の万博会場、クリスタル・パレスは、温室の技術を参照した建築だった。とすれば、日本館の展示は、博覧会の起源にたちかえりつつ、新しい建築の始まりを提示するものとなるだろう。
 しかし、石上の温室は、空調設備や強固な境界がなく、完全な人工環境ではない。内部と外部が曖昧に混ざりあうような弱い境界をもつ。そして植物学者の大場秀章の協力を得て、公園の風景にかすかなゆらぎを与える多様な植生をめざす。一見、何気ない風景に見えるかもしれない。だが、これこそが、われわれの考える最先端の自然環境である。
 日本館の内部はほぼ空っぽとなり、本来の美しい空間があらわになる。一方、まわりでは温室を点在させることで、外部空間をインテリア・ランドスケープのように構成していく。だが、オブジェとしての建築の反転がヴォイドとしての外部空間を生むのではない。建築のファサードが外部を規定するのでもない。エーテルの充満したかのような透明なヴォリュームの温室の内部空間が、外部空間を意識させる。だが、そこには家具が置かれ、室内のようでもある。日本館そのものも、「建築」というよりは、人工的な地形、あるいは「環境」の要素のひとつとしての見立てを行う。もともとの屋外空間と、ガラスに包まれた華奢な鉄骨の構造体のあいだに生まれる空間も重なりあう。二重化された曖昧な風景がたちあらわれる。それは内外の植物、家具、建築、地形、環境など、あらゆるものが同時に存在していることを認識する空間の状態を生むだろう。